脊柱管は背骨の中を通る管ですが,その中に脊髄や脊髄神経が走っており,脊柱管が狭ければ脊髄や脊髄神経が圧迫されやすい状態になります.脊柱管の広さを測る指標として最も大事なものは脊柱管前後径です.頸椎では脊柱管前後径をレントゲン写真側面像で容易に計測することができます.頸部の脊柱管の前後径は16 mm以上であるのが正常です.腰椎では頸椎より脊柱管が広いことが普通です.
生まれつき脊柱管が狭い場合があり,頸椎の場合,前後径が14 mm以下で脊髄への圧迫が発生する可能性が高まります.生まれつき狭い場合には発育性頸部脊柱管狭窄症といい比較的若年者で症状が発生しま す.また,交通事故などで脊髄の圧迫症状が発生しやすくなりますが,脊髄は中心部の血流が乏しく脆弱なために中心部が障害されやすく中心性脊髄損傷と呼ば れる病態が発生します.中心性脊髄損傷では両上肢の痛み痺れが発生しやすく両手が動かなくなることも稀ではありませんが,下肢に症状が発生することは少な く,発生しても一時的なことが多いです.
頸部脊柱管狭窄症で症状が進行する場合には,脊柱管を拡大する頸椎椎弓形成術が必要になります.椎弓の端を切断して押し広げ,開いた隙間にリン酸カルシウムで作製された人工骨を挿入して脊柱管を拡大し脊髄を減圧します.
椎体と椎体は椎間板により結合されていますが,椎間板はこんにゃくゼリーのような髄核を麻袋のような線維輪が覆うように構成されています.線維輪が裂けて,中から髄核が脱出してくる病態を椎間板ヘルニアといい,脱出した髄核が脊髄や神経が圧迫して症状を発生します.
線維輪の破綻は加齢とともに増加しますが,椎間板の内圧は加齢とともに減少します.内圧が高くても線維輪が 破綻しなければ椎間板ヘルニアは発生しませんし,逆に線維輪が破綻していても内圧が低ければ椎間板ヘルニアは発生しません.両者の影響が重なる中年に椎間 板ヘルニアは好発します.
椎間板ヘルニアにより神経が圧迫されると,肘を打った時のようなびりびりとした電撃痛が発生します.これを 神経根症と言います.脊髄が圧迫されると,上肢ばかりでなく下肢にも痛み痺れが発生し,運動麻痺も発生します.これを脊髄症と言います.頸椎椎間板ヘルニ アの場合には,下肢に痙性麻痺が発生することがありますが,この場合,平地では歩けていても階段の昇降時に手すりを必要とすることが出てきます.特に,階 段の降りが不安定になりやすいです.
診断は神経症状とともにMRIを参照して行います.たとえば,C5/6椎間板ヘルニア(第5頸椎と第6頸椎の間の椎間板に発生した椎間板ヘルニア)の場合にはC6神経根(第6頸神経が脊髄から出現して脊柱管から出るまでの部分)を圧迫しますが,C6神経根が圧迫されると親指にかけての痛み痺れが発生します.MRIによりC6神経根が圧迫されている所見が得られれば,症状と画像所見が一致して診断が可能になります.
脱出した当初の椎間板は水分を含んでおり圧力を持っていますが,8割近くの場合には,しばらくすると水分が 吸収されて症状が軽減していきます.3カ月経過した後にも症状が持続する場合には,手術が必要となります.頸椎椎間板ヘルニアの手術は前方から脱出した椎 間板を除去して,チタン製の固定具を挿入して固定する方法が一般的です.チタン製の固定具は最終的に周囲の骨に結合して固定されます.これを頸椎前方固定 術といいますが,脱出した髄核を摘出することにより脊髄や脊髄神経への圧迫を解除するとともに,頸椎が後弯していた場合には,前弯が回復できるように alignment (アライメント:椎骨の配列)を改善する効果も期待できます.しかしながら,固定すると頸椎の動きが若干悪くなります.このことで日常生活に支障がでるこ とは稀ですが,隣接した椎間板に負担がかかりやすくなり将来的に同部位に脊柱管狭窄が発生する可能性があり注意が必要です.
椎間板は加齢とともに水分を失っていき,徐々に押しつぶされていきます.その結果,椎間板が線維輪や 骨膜と伴に膨隆し,骨膜の下に新たな骨が成長し(骨膜下骨新生),骨がくちばしのように飛び出していきます.飛び出した骨を骨棘といいますが,骨棘により 脊髄や神経が圧迫されて症状が発生します.このような病気を変形性頸椎症といいますが,高齢になるほど発生率が高くなり,80歳以上では3割近くの人が, 頸椎の変形により脊髄が圧迫されていると報告されています.
教科書では上述のように骨棘により脊髄が圧迫されることが重要視されていますが,我々の経験では,黄色靭帯 の肥厚により後方から脊髄が圧迫されることも症状発生の大きな要因ではないかと考えています.黄色靭帯は椎弓と椎弓を結んでいますが,椎間板の水分の減少 に伴い椎間板が不安定になり,それを代償するために黄色靭帯が肥厚するというのが黄色靭帯肥厚のメカニズムと考えられています.
腰部脊柱管狭窄症あるいは変形性腰椎症は,加齢とともに椎間関節あるいは黄色靭帯が厚くなって神経を 圧迫する病気です.椎間関節や黄色靭帯が肥厚する原因は,変形性頸椎症と同じく,椎間板の水分の減少により椎間板腔が不安定になり,それを補強するために 発生したと考えられています.
従って,高齢になればなるほど病気の頻度が上がります.下記の手術症例数を示すグラフでも高齢になればなるほど症例数は増加していますが,80歳台でかえって減少しているのは,高齢のために全身麻酔による手術が困難になる割合が増加するためであると考えられます.
腰部脊柱管狭窄症では腰椎椎間板ヘルニアと同様に1本の神経が圧迫されて坐骨神経痛が発生することも多いで すが,一般的に間欠性跛行を発生します.間欠性跛行は,歩行開始時は良好に歩けるが,しばらく歩くとだくるなったり痛くなったりして休まなくてはならなく なり,しばらく休憩すると再び歩けるようになるといった症状です.腰部脊柱管狭窄症では休むときに腰を前にかがめて休むと症状が改善しやすいという特徴が あります.これは,後屈位では椎弓と椎弓の間の距離が縮んで黄色靭帯が前にたわんで脊柱管がさらに狭くなるのに対し,前屈位では椎弓と椎弓の間の距離が拡がって黄色靭帯が引き延ばされてたわみが解消されるからであると考えられています.
診断は症状とMRI画像を参照して行いますが,迷う場合には脊髄造影や神経根造影を行うことがあります.治 療は,顕微鏡下の手術で,圧迫している黄色靭帯と椎間関節の一部を取り除いて脊柱管を拡げるのが一般的です.その場合,椎間関節をできるだけ温存するよう にトランペット型とする必要があります.また,不安定性やすべりがある症例ではチタン製の金具を用いて固定を行なうことがあります.
椎体と椎体は椎間板により結合されていますが,椎間板はこんにゃくゼリーのような髄核を麻袋のような 線維輪が覆うように構成されています.線維輪が裂けて,中から髄核が脱出してくる病態を椎間板ヘルニアといい,頸椎椎間板ヘルニアと病気の発生機序は同じ です.従って,40−50歳台に発生のピークがあります.
しかしながら,腰椎では1本の神経を圧迫して,その神経の支配領域に沿って痛みや痺れを発生するのがほとん どです.その痛みは坐骨神経痛と表現される痛みであることがほとんどです.坐骨神経痛は殿部から始まり,足の外側を下に向かって放散します.L4/5椎間 板ヘルニア(第4腰椎と第5腰椎の間の椎間板から発生したヘルニア)ではL5神経(第5腰神経)が圧迫され,足の親指に向かって痺れが発生します が,L5/S1椎間板ヘルニアではS1神経根が圧迫されて外側のくるぶしに向かって痺れが発生します.
腰椎椎間板ヘルニアはMRIの画像で容易に診断されますが,稀に腫瘍と区別が困難なことがあります.
頸椎椎間板ヘルニアの時と同様に症状が発生してから3カ月待つのを原則とし,それ以降日常生活が障害されるような症状が持続する時は椎間板摘出術の適応となります.
神経を取り囲んで鞘の働きをする細胞から発生する腫瘍で,ほとんどの場合は感覚神経から発生します.良性腫瘍ですので摘出すれば再発することはほとんどありません.神経鞘腫は神経に沿って発生し,脊髄あるいは神経を圧迫することにより症状が発生する腫瘍です.下の写真は馬尾神経から発生した神経鞘腫です.
椎間板ヘルニアと同様,中年に好発します.
神経鞘腫の摘出は比較的容易ですが,腫瘍の発生の原因となった神経は切断しなければならないことが多いですが,それによる症状が発生することは稀です.神経鞘腫は最も多い脊髄腫瘍ですが,発生部位によって脊髄や神経の圧迫のしかたが異なります.我々は発生部位により神経鞘腫を5つ(Group 1 からGroup 5 まで)に分類し,脊椎のレベルによりそれらが異なることを明らかにしています.
血管芽細胞腫は稀な腫瘍ですが,脊髄の表面に発生する血液に富む腫瘍です.脊髄との境界は明らかで大きな後遺症を残さないで全部摘出することが可能です.時に,フォン·ヒッペル·リンドウ病という遺伝性疾患に伴い発生することがあります.下図の左では脊髄が白く腫大しており,脊髄の中に水がたまっているのがわかります.中央の図は造影MRIですが,脊髄の中央に造影される腫瘍の陰影を認めます.右図は血管撮影ですが,腫瘍陰影を認めます.
手術では,血管に取り囲まれたオレンジ色の腫瘍(下図左での緑矢印)を認め,全摘出しました(下図右).
手術後のMRIでは,脊髄が白く腫大していたのが著明に減少し(下図左),造影される陰影も消失しました(下図中央).下図右は,腫瘍が発生した部位を水平面で撮影した画像ですが,腫瘍が全摘出され,脊髄の中の水も著明に減少しています.
海綿状血管腫は稀な腫瘍ですが,ラズベリーのような多房性で,袋の中に血液が充満していおり,厳密に は腫瘍ではなく血管奇形です.しかしながら,大きくなることがあり,腫瘍と同じような挙動を示します.大きくなり,周りの脊髄を圧迫して症状を発生する場 合と出血して症状が発生することがあります.稀に大出血して四肢麻痺など重篤な症状を発生することがあります.出血した場合,早い目の治療を要する場合が あります.脊髄との境界は明らかで全部摘出することが可能です.下のMRI画像は海綿状血管腫による脊髄内の出血を示していますが(左側白矢印),この患者さんは足が麻痺 して歩行不能となりました.手術により出血した血の塊と海綿状血管腫を摘出することにより,徐々に歩行可能となられました.右側の写真では腫瘍が消失して いるのがわかります.
上衣腫は髄内腫瘍の中で最も多い腫瘍ですが,30-50歳代に発症することが多いです.脊髄との境界は明らかで大きな後遺症を残さないで全部摘出することが可能です.上衣腫は脊髄の中心に存在する上衣細胞から発生するので脊髄中心部に発生し,腫瘍は脊髄の中に埋もれています.徐々 に大きくなるので大きな腫瘍でも比較的軽微な症状しか発生しません.しかしながら,長期にわたって症状が存在した場合には手術の成績が良くないと報告され ていますので,腫瘍が発見された場合には早めに摘出するのが良いと思われます.多くの場合,大きな後遺症を残すことなしに摘出することが可能です.
腫瘍の摘出方法
上衣腫は後方から手術を行います.背骨の椎弓と呼ばれる部分を切除して,硬膜を露出し,さらに硬膜を 切開して脊髄を露出します.脊髄の背面の真ん中には後正中溝と呼ばれる割れ目(下図Aの黒い矢印)があります.背面を走る血管(米印)をよけながら後正中 溝を分けていくと腫瘍が露出されます(下図B).その後,腫瘍を脊髄から分けていきながら腫瘍を摘出していきます(下図C左と右).